突撃 griffon様

こちらは「傷」をお読み下さったgriffon様が、桓堆が傷を負うまでの状況設定を、詳しく付けて下さいました。私が書きたくて、しかし、力量の無さから断念した部分を、見事に表現して下さっています。
個人的には、こちらをご覧の上「傷」をお読みになる事をお勧めしたいっっ!!
もっとも、殺陣シーン好きの方は、もう、これだけで、大満足になる事は必死です。


 市街地戦になることを避けるため、野木を囲むように作られた賊どもの拠点である砦を探り出し、一卒の兵を率いて押し包んだまでは良かったのだが、その後の手を誤った。禁軍左将軍としては、大失態と言えるかもしれない。
「思いのほか手こずるな」
「申し訳ありません」
 幕舎の中には、木と帆布で出来た折り畳みの榻が幾つか並び、真中には簡単な卓子も置かれていた。卓子の上には、このあたりの地形を記した図面があり、二十個ほどの骨牌が乗っている。白の骨牌を赤の骨牌が隙なく取り囲んでいた。榻の一つを独占して座っているのは、左将軍青辛。字を桓堆と言う。その目前で片膝をつき項垂れている者がいた。
 一両を以って賊を制圧せよと命じたのは、青左将軍その人だった。だが、意外なほどに強い抵抗に遭い、犠牲者は辛うじて出さなかったものの、這々の体で逃げ戻ったのは、新任の両司馬、項垂れている杜真だった。
「杜真。どうだ。両司馬としての初仕事はなかなか食いでがあるだろう」
「面目次第も御座いません」
 禁門の門衛からの大抜擢だった。その直後の初仕事での失態に、杜真は自分をこの地に埋めてしまいたい気分だった。

「おまえのせいではないぞ、杜真。俺が手を誤ったのだ。禁軍一卒の兵を率いて来ながら、戦力の逐次投入と言う愚を冒したのは俺で、おまえではない。俺に驕りがあったと言う事だ」
 杜真は項垂れたままだった。
「杜両司馬」
「はっ」
「俺と共に戦ってもらう」
 杜真は思わず顔を上げた。
「青将軍。御自らと言うのは如何なものでしょうか」
「卒長。全軍に伝令を流してもらおう。四方を固める各両司馬に、砦から逃げ出るものを取り押さえるのに一伍、後の者で波状攻撃をもって陽動してもらう。その間に、杜両司馬の一両で中を掻き回す。頃合を見て、一斉に攻め寄せるようにと」
「将軍」
 卒長は、厳しい表情を浮かべていた。
「指揮官が自ら打って出るのは」
「自らの失態は、自らで取り返すさ」
「わかりました」
 まだ納得がいかないと言う貌ではあったが、卒長は首肯し、幕舎を出た。
「では、いくか杜両司馬殿」
 桓堆は、にっこりと笑うと杜真を見た。杜真は今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 白兵戦用の比較的軽装な甲冑を身に着けた桓堆は、鉄槍を右肩に担いで無頓着に歩を進める。乱戦になるほど纏まった動きを賊どもは出来ていない。
 この様子なら、殆どの賊を無傷でとは言わないが、捕らえる事が出来るだろう。そうでなければ、またあいつが悲しそうな顔をするからなと、桓堆は思った。
 桓堆を目掛けて走りこんでくる者がいた。
「ほう」
 担いだ鉄槍を握る手の力を抜く。滑り降りてくる鉄槍の中ほどで握りなおし、左半身になって立ち止まった。右手に刀を持ったその男は、二歩ほどの距離のところでいきなり桓堆の視界から消えた。突進する速度を突然上げ、桓堆の左に飛び込んできたのだ。男は右足を軸にして回転し、その勢いで刀を振り回すと桓堆に斬りかかった。左手に鉄槍を持ち替えた桓堆は、片手でそれを受け止める。想像以上の剣圧だった。桓堆の身体は右にずれる。が、刀は受けきった。ふっと鉄槍にかかっていた力が無くなると、男は桓堆の左側から消え、背後に現れる。下から刀が斬り上げられ、股間に刃先が迫る。桓堆はその相手も見ずに、左手の鉄槍を背中側で回転させると、刀を弾き返した。右足を伸ばしたまま横に滑らせるように股を開き、左膝を畳んで身体を沈める。その間に、桓堆の頭があったあたりを刀が空気を切り裂いて、甲高い笛のような音を立てる。鉄槍を振って、槍の中ほどを握っていた左手を石突あたりまでずらすと、そのまま背後に大きく回した。鈍い金属音がして鉄槍の動きが止まる。
――俺の槍を、まともに受けるやつがあるのか。
 桓堆はそのまま、力を込めて刀を押さえながら立ち上がり、身体を捻る。漸く正面に相手を捕らえた。
 桓堆を正面から見据えて、男の口角が僅かに上がる。驚いたことに、桓堆の鉄槍を右手一本で受けていた。男の左手が、素早く背中に回ったかと思うと、もう一本の刀が現れ、桓堆の右肩口に振り下ろされる。桓堆はそのまま鉄槍を押し込みつつ、同時に右足で男を蹴り飛ばした。男の左手の刀の刃先は、桓堆の甲冑を掠めて振り下ろされた。一丈ほど飛ばされた男は、地面に着地すると同時にまた、桓堆の視界から消えた。
 今度は右に跳んでいた。
――このっ・・・・陽子並の速さだな。
 鉄槍の中ほどを両手で持つと、左右の手から繰り出される刀の刃先を弾き返し、間合いが詰まると蹴り飛ばした。

――手加減しなくて良いから、こりゃぁ、楽だ。
 桓堆は、男を疲れさせてから捕らえるつもりだった。男を何度目かに蹴り飛ばした時、背後から肩を突き飛ばされたような衝撃があった。左の鎖骨と腕の付け根の辺りから、鏃が突き出ていた。思わず舌を打つ。
 身体を起こした男は、両の刀を揃えてその右肩に斬り下ろしてきた。
「えぇいっっ」
 桓堆は、気を発して鉄槍を男に叩きつけた。
 刀ごと両腕をへし折って、鉄槍は振り切られた。頸も異様な角度に曲がっている。地面を何度か撥ねながら、男は三丈ほど転がって止まった。
「力みすぎたかな」
 桓堆はそう呟くと、左手を肩に回し、背中に突き出た矢を折る。それを投げ捨てると、鏃の根元を握って、矢を引き抜いた。脇を締めて、右胸に力を込めると、筋肉が盛り上がり流れ出ていた血が止まった。
「余計なことをしなければ、死なずに済んだものを」
 矢の飛んできた辺りをみると、既に矢を放った賊は取り押えられていた。砦の中は禁軍にほぼ制圧され、次々と取り押えられた賊が引き出されて行く。どうやら無事に仕事は終わったようだと、桓堆は肩の力を抜いた。



この勢いで「」(桓堆×陽子)いっとく?

 
…どないですか、皆さん。堪らん臨場感です。
これは私が「griffonさんの様な、迫力の殺陣シーンを《傷》の前半に入れたかったのに…」とぼやいた所、griffonさんが、気前よく書いて下さった一品物です。いやぁ〜ぼやいてみるもんだ(爆)
殺陣シーン好きぃ〜の方は、これだけで十分楽しめたのではないでしょうか。
私はgriffonさんの、まるでアクション映画を見ているかのような、息もつかせない殺陣の表現力のファンです。
私には逆立ちしても無理。憧れは、多分にあるしんだけど。ああ、いつかこういう表現を書きたいよ。
さて、「俺も戦う」と言った桓堆。それを受けた卒長の厳しい表情。尤もらしい理由(おいおい;;)をつけて、強引に自ら戦いに参加する約束を取り付ける桓堆。うふっ。griffonさん、私の思いをくんでくれて有難う。そして、時々、陽子を思い出す桓堆がぁ!はうぅ〜、かっこいいよぉ。
殺陣シーンは凄いの一言。これを、昼休憩で書き上げる、griffonさんの才能に脱帽です。
griffonさん、かっこいいSSを有難うございました。



2006.5.掲載
素材提供 Kigenさま
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