日長し君訪ね



 浩瀚はとろりと纏わりつく倦怠感の中覚醒した。臥牀にずっと突っ張っていた腕の筋に鈍い痺れを感じる。それは大事に抱えていた陽子の愛しい重み。彼女の髪は湿り気を帯びて浩瀚の腕に絡みついていた。それを注意深く払いながら浩瀚はそっと腕を引き抜くと、一瞬長い睫毛に縁取られた陽子の目がぎゅっと瞑られた。しかし日々緊張の最中にある政務の疲れか、はたまた先刻の熱くも幸せな一時の影響からか、すぐに陽子は規則正しい寝息を立てたようであった。上手く臥牀からすり抜けた浩瀚は傍にあった水差しの水に手を伸ばし喉の渇きを癒す。
 すると背後で擦れた声が囁いた。
「……浩瀚?」
 浩瀚が振り返ると陽子が(かけぶとん)の裾をぎゅっとたくし上げ胸元を隠しこちらを見つめていた。
「もっとお休みになられていても宜しかったのに」
 浩瀚はふっと和らいだ笑みを零すと陽子の素肌を隠す羽織物を探しに立ち上がった。
「一人にさせてくれと言われたみたいだ」
 言って陽子は頬を膨らませる。
「そのように受け取られますと……」
「冗談だ」
 苦笑いで浩瀚は薄い羽織物を陽子の前に差し出した。それを陽子は片手で衾の裾を必死にたくし上げたままもう片方の手で受け取る。浩瀚はすっと後ろを向いてやる。そうして小さく笑った。
「私にも飲ませてくれないか」
 羽織を纏った陽子は身を乗り出した。
「お水で宜しいですか?」
「いや。その隣にある薬酒にしてくれ」
「お珍しいですね。寝酒ですか?」
「柄にも無いとでも言いたいか?」
「めっそうもございません。……主上。今宵は何かと突っかかって参りますね」
 そんなやり取りをしながら陽子の手には独特の芳香を放つ薬酒が持たれた。彼女はそれを口へ運びごくりと喉を鳴らすと途端に渋い顔になる。
「やっぱり不味い」
「ご無理はなさらない方が宜しいですよ」
 浩瀚ははんなり笑うと陽子の持っている薬酒を取り上げた。
「以前お前から貰った葡萄酒は美味かったけどなぁ」
 両手が空になった陽子は浩瀚にもたれかかり宙を眺める。
「そうでしたか?」
 浩瀚の呟く声が寄りかかった背中に響くと、陽子は軽く腕で彼を突付いた。
「そうだ。甘い赤葡萄酒。いつかお前が持ってきてくれて私にくれたではないか」
 ぼんやりとした記憶を手繰り寄せた浩瀚は、ふいに思い出し表情を硬くした。
「……そんな事もございましたね」
「あれ、どこで手に入れたの?」
「さぁ?随分昔の事ですからね。……忘れました」
 実は心当たりを思い出している浩瀚だったが、彼はそれを陽子に悟られないように話をかわした。しかし彼女は尚も聞こうとする。
「実は教えたくないのではないかぁ?」
「違いますよ。ただ記憶が曖昧でして……」
「本当に?」
「本当です」
(なんだか浩瀚に上手に誤魔化された気がするんだけど……)
 一切表情を変えずやり過ごす浩瀚に諦めた陽子は衾褥(ふとん)に突っ伏した。
「あーあ。あの葡萄酒どこに行ったら手に入るんだろう」
 一方浩瀚は突然ふって出た懐かしい友人に思いを馳せる。
(そう言えばここ数年会ってなかったが……。どうしているだろうか)


 数日後。浩瀚はとある酒房を訪ねていた。そこを一人で切り盛りしている男が、以前浩瀚に例の赤葡萄酒をくれた相手である。
 酒房に入ると一人の女性客と談笑している男と目があった。男は浩瀚の姿を見ると丹精な表情で微笑した。
「お久しぶりでございます。いらっしゃいませ」
 つられて女性客も軽く会釈し、浩瀚は穏やかな笑みを浮かべこれに答えた。
 男は蝕で倭から慶東国へ流されてきた。いわゆる海客である。何年か前から一人でこの酒房の主を務めていた。
 当時すでに慶東国は陽子の働きにより海客が常世で使う日常会話程度の言葉を無償で学べる施設が整えられていて、男もそこである程度の言語を習得していた。男は賢いのだろう。浩瀚と初めて出会った時には既に他の海客より、ともするとこちらの人間よりも遥かに流暢で丁寧な言語で話す事が出来ていた。
 浩瀚が椅子に腰掛けると男はさり気無く温かい蒸し手巾(てぬぐい)を差し出し
「いつもの……で宜しいでしょうか?」
と穏やかに尋ね、浩瀚が肯定の意味を含ませた微笑を男に向けるとすぐに浩瀚が欲しかった酒が用意された。
「ここはいいから」
 浩瀚がそう言うと男はこくりと頷き
「ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
と軽くお辞儀をして女性客の元へ戻っていった。

「――寂しいけど暫くここのお店にはこれないかも」
 杯の呑口を指でなぞりながら女性客の女が徐に口を開いた。
「お忙しくなるのでございますか?」
 男はで洗い終わったばかりの杯を磨きながら訊ねると女は柔らかく笑った。
「まーね。もうすぐ子供が熟すから。暫くは大人しく赤子の世話よ」
「でもそうしたら今はお酒は控えた方が……あっ」
 思わず女性客の体の心配をした男であったが、すぐに自分が的外れな事を言っているのに気が付き口をつぐむ。女性客はいぶかしんだ顔で
「なんで?」
と問い掛けた。
「あ、あのう、申し訳ございません。つい倭での子供の授かり方と混同してしまって。倭では子供は女性のお腹から誕生するので、誕生前も後も女性の身体にはいろいろ気を遣ってしまうのですよ」
「ああ聞いた事がある。お腹で卵果が熟すのだったかしら?さぞや重いでしょうね?」
 女性客の言う「腹で卵果が熟す」という言葉は男にとっては少々違和感のあるものだったが軽く受け流して答える。
「恐らく重いと思いますよ。私は男ですので経験しようがないのですけど」
「そう、女だけなの?ふーん不思議ね」
 女性客はあまり興味が無さそうに相槌を打つが、ふとした疑問を思いつき眉をひそめながら男に訊ねた。
「でもその卵果はどうやって取り出すの?やっぱり毎回お腹を切り裂くの?」
 男は曖昧な笑顔を作ると
「多少苦痛はあるそうですが……大丈夫。上手く出来ておりますよ。詳しくお聞きになりたいですか?」
「ああやめておく。痛そうだから」
 渋い顔をして女性客は拒否すると杯に注がれた酒を最後まで飲み干した。
「じゃあそういう訳で暫く来ないけど元気にしていてね」
 女性客は椅子から立ち上がると、男は入り口まで見送りに出た。
「又のお越しを心からお待ちしております」

 女性客がいなくなり、酒房には男と浩瀚の二人だけになった。浩瀚はにやりと笑い
「面白そうな話をしていたな。続きを聞かせてくれないか」
と男に思わせぶりな視線を投げかけた。男はわざと腰をくねらせると
「してもいいけどぉー。気味悪がられても困るしー。あれはすっごく痛いらしいけど、あいにく僕は男だからそこまで詳しく説明出来ないもーん」
と先程まで使っていた常世の言語を止めて違う言語で話し出した。この男、どういう訳か浩瀚と話す時は仙の特色である言語の変換能力を当てにし、倭で使っていた言語を意識的に使用しているらしい。
「お前は相変わらずだな」
 浩瀚は肩を引き上げると軽く溜息を落とし、杯に手をかけ男をゆるゆると眺めた。
 男は黒髪を細い紐で一つに束ね、片方の耳は長い金色の鎖が耳朶を貫通して下がっている。その鎖は男が作業をする度さらさらと揺れ小さな輝きを見せていた。肌の色はどちらかと言えば白く、瞳は髪と同じ黒色。どこか丸みのある気を纏った男に浩瀚は不思議な魅力を感じていた。視線を感じながら男は自身の定位置に戻ると浩瀚の杯に酒を満たした。
「それにしても浩瀚様随分久しぶりね。この店が開店した時以来なんじゃなーい。もう来ないのかと思っちゃった。どうせいい人との関係が順調だからって、僕を忘れてしまってたんでしょう」
 浩瀚は苦笑いでこれを受け取る。
「聞いたでしょさっきの人。少ない常連様なのに暫く来れないんだって。その上浩瀚様まで来ないんじゃこの店たたまなくっちゃと思っていた所」
 軽く恨み言を言う男の声は不思議と色めいて聞こえ心地が良い。浩瀚は黙ったまま貰った杯を口にし男の様子を眺めながらぼんやり考える。
 流暢で丁寧な常世の言語を使う男。恐らくそれは彼にとって公の姿なのであろう。そして女性的な言い回しで倭の言葉を話す時は私的な彼の姿。自分にだけありのままの姿を曝け出してくれる事に戸惑いつつも、浩瀚は悪い気はしないとどこか思っている。「この言葉で僕が話すのは浩瀚様の前だけ。特別よ」そう言って自身の唇に指を当てて浩瀚に口付けを投げかける動作をする男を思い出し、浩瀚は一人笑みを零した。
 しかしそんな茶目っ気を持ち合わせている男も、出会った頃に比べると熟練された別の輝きを放ち、時間の経過を感じさせている。浩瀚は顎に手をかけ男の様子を伺いながら思わず口を滑らした。
「前より随分落ち着いたものだなぁ」
 すると男はくるりと浩瀚に向き直り、両手を思い切り伸ばし人差し指をぴんと立て左右に揺らした。
「ああーそれ、しーつーげーんー。歳とったとでも言いたいんでしょう?ご無沙汰だったのもつれないと思ってるのに、更にそんな事言ってくれちゃって。何かしてくれなきゃ割りがあーわーなーいーー」
 浩瀚は慌てて切り替えした。
「そういう意味ではないのだが……。確かにここへは暫く来てやらなかったし。何かしてやらないわけでもない」
「本当?じゃあ、ねぇ……」
 男は軽く腕組みをして考えた。
「こういうのどうかしら?僕を『容昌祠』に連れてって」
「里木が祀られているあそこか?」
「うん、そう。僕、海客でしょう。里木ってやっぱり珍しいのよね。と言っても一人でうろうろ見に行くのは敷居が高い。ほら衛士が門に立って身分証明書の提示を求められるでしょう。別に悪い事している訳じゃないんだけど緊張するのぉ。浩瀚様とだったら何か堂々と行けそうかなぁーって思ったんだけどぉー」
(そういう物だろうか?)
 男の話を浩瀚はすんなり理解してやる事は出来なかったが、男が是非にと言うので付き合う事に決めた。
「ついてやってもいいが何時にする?」
「今から」
「今からぁー」
 男の答えに浩瀚は滅多に発する事のない素っ頓狂な声をあげる。
「そうよ。だって忙しい浩瀚様の事だもの。今度は何年先かわかんないでしょう。その内僕が死んじゃって約束果たせないなんて状況は嫌だし。店も暇だし。今日はデート。これで決定」
「逢引き……か」
「浩瀚様の頭の中ではデートって『逢引き』と変換するんだ。んふふ、逢引きねぇー。なんだか『忍び恋』みたい。浩瀚様はいい人がいるのにこれから僕とやましい事しますぅーみたいな」
「からかうな」
男が妙にはしゃぐのを淡々と受け流した浩瀚だったが、心は聊か肝をひやしていた。
(どうやら異世界の言語に置き換える際、自身の心情にも多少関わりがあるのかもしれん……って、俺はこいつにそんな気はない筈だっっ!!)


 それから酒房を早々に閉めてしまった男は浩瀚と容昌祠に来ていた。
 浩瀚にとってみれば当たり前の景色でも男にとっては珍しいもの。男はしげしげと里木眺め呟いた。
「やっぱり見慣れない光景だわ。あの実の中に子供が入っているなんて」
 浩瀚はちらりと男を見やったがそのまま黙って里木に近付いた。男はその後を小走りでついて行きながらこう話す。
「ねぇ、聞いた事があるんだけど。蝕が起こると僕がこっちに流された時みたいにあの実が倭とか漢とかにいっちゃう事もあるんだって?」
「ああ」
 浩瀚が返事をすると、男は何か思い付いたようで目を輝かしながら話し出した。
「あっちの世界で超有名な昔話があるんだけど聞いてくれる?……昔昔、翁と婆がおりました。ある時翁が山へ芝刈りに婆が川へ洗濯へ行きますと、川の上流から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れて参りまして……」
 男は朗々と語り、それに浩瀚は耳を傾けている。
「その桃を拾った婆が家に持ち帰り早速切ろうと致しますと、桃がひとりでに割れまして中から出て参りましたのは元気な男の子。……これって現在数百年の治世を誇る隣の国の王様の事だったら面白くないかしら?だってあそこの王様『胎果』とか言う者で、一度向こうに流されたれしまいそれから戻って来てるんでしょう?それが何百年も前の話って言うじゃない」
 話し終わると男は自信ありげに腰に手を回し浩瀚を見た。浩瀚は小さく笑うと男の肩を軽く叩く。
「残念ながら卵果が蝕で流されてもこのままでは残らない。どういうわけか上手い具合に女人の腹に落ち着き、別段疑われず子供が生まれる。どうやって子供が出てくるかはお前の方が知っているんだろう?」
「なーんだ、つまんないの」
 男は大袈裟にがっかりした風を装いおどけて見せた。

 里木には細い帯がいくつも結んであってそれが風に吹かれてたなびいていた。それを見ていた男は眩しそうに目を細め呟いた。
「ねぇ。あの実はみーんな望まれて生まれるんでしょう。それは幸せな事よね?」
「どういう事だ」
 ふいに神妙な面持ちで訪ねる男を浩瀚はまじまじと眺めこう返した。男はおもむろに耳朶に下がっている金の鎖を指で弄びながら答える。
「んー。子供を欲しいと里木に願いにくるという事は、子供を育てる実質的にも精神的にも準備が整ってるからなのよね?という事は、常世(ここ)では『思いがけず』とか『うっかり』とかで子供を授かりましたぁーっていう場合は無いだろうなぁーと思って」
 浩瀚は微笑した。
「面白い事を考える……」
 男は難しい表情で
「そお?」
と相変わらず耳朶の金の鎖に指を絡ませる。どうやらそうして自分の考えを纏めているようだった。暫くの沈黙の後、男が言葉を選びながら自身の考えを伝えようとする。
「子供が欲しいという気が無い家族が予期せず子供を育てる事になった……なんていう事になると、その子供は不幸だと思うの。大抵は育てられないと投げ出されてしまうみたいだし」
 浩瀚はふいに沸き起こる疑問を男に投げかけた。
「もしかすると倭ではお前の言っているような事が起こりうるのか?」
 男の目が一瞬泳ぐ。そしておずおずと呟いた。
「……そういう場合も少なからずあるらしい、よ」
 浩瀚は無言で何やら考えていた。そして暫くの沈黙の後、浩瀚はゆっくりと口を開く。
「望まれて子供が生まれるからといって一概に幸せだと決めるのは性急すぎる話だと思う。望まれると言っても色々な理由があるからな。たんに労働力の確保かもしれないし、初めから売り飛ばす事を目的に、とも……」
「やーん、そんなの、ひーどーいー!!」
「まぁそれは極論の話だ。労働力確保と言ってもその子にも最低限度は食わせていかなくてはいけない訳だから闇雲に願ったりはしないだろうし、売り飛ばす事が目的ならその親に天が初めから子供を授ける筈がない」
「天が?子供?授ける?」
 男がきょとんとしているのを見て浩瀚は微笑し説明した。
「この世界は天がその親に子を育てる資格があるかどうか見極めて授けるという理がある。更に付け足すと、この世界は子供を育てる事で天から試されていると考えられている。これは全員の意識の中に浸透しているから、初めから邪心を持って願う事は少ないだろう。だが国が傾けばそんな意識は崩壊するかもしれない」
「ふーん」
「それに……」
「それに?」
「現にこの世界でも身寄りのない子供がいる。勿論親を病気や災害で亡くした者もいるが、親に捨てられてしまった子供だって存在している事も事実。お前が言うようにこの里木の前で。子供を授けて欲しいと願ったにも関わらずだ」
「あっ」
 男は声をあげ、その声に驚いたのか自身の左手を口元に思わずあてた。
 浩瀚は一呼吸置くと今度は柔らかい口調で話し出す。
「倭ではどうか?お前が言うように最初は思いがけなく子供が授かった家族がいたとしても、その子を育てようとする事によって、家族の絆が深まったという場合も私はあると思うのだが違うだろうか?」
 浩瀚は男の頭に手を置くと柔らかく二三度撫で上げた。男はそれに答えるようにして目を伏せる。
「そうね。切っ掛けなんてあまり意味がない。要は育てる親側の人となりなのかもしれないわね」
 里木は枝も卵果も金属のような光沢があり光が反射していた。その煌きの一点を見つめながら浩瀚は静かに口を開く。
「この卵果の将来が幸せかどうかは分らない。だが全ての卵果が幸せであって欲しいと切に願う」
 男は浩瀚の表情を盗み見る。そして浩瀚の真剣な眼差しに「やっぱり人の彼氏でもいい男」と暫し見惚れたのだった。



5万ヒットキリリクゲットのgriffonさんに捧げます。
griffonさんからは、過去に登場したオネイマンなオリキャラと浩瀚で「こんにちは赤ちゃん」的な話というリクエストを頂きました。このオネイマン初登場のお話は「開店祝い」です。
何気に大変弄りがいのあるキャラではあるのですが、正直オリキャラを可愛がるのは作り出してしまった自分くらい。もう出す事もないと思っていただけに、griffonさんにこのオネイマンで是非にと御指名頂いたときは驚きもあり同時に感銘深く。griffonさん。有難うございます。

実はこの話にはあまりにショボイが故にgriffonさんサイトに婿入り出来なかったネタがありまして……。
ここなら「又もうお前は(溜息)」と生ぬるく見逃してくれるかと期待し、この下に追記。読んで妙な脱力感を感じるかも知れませんがよければどうぞ。





「さーてと。帰って営業活動でもしようかしら?」
 男はにっこり笑い軽くのびをした。浩瀚は眉をよせ聞き返す。
「営業活動?」
「冗談。お祝いをね作っておこうかと思って。聞いたでしょう。今度子供が生まれるお客さんがいるって。今日はちょっと遊びすぎたし、早く帰って準備をしなくっちゃ」
 そう言って男は片目を瞑る。
 二人は容昌祠を離れた。男は久しぶりに浩瀚に会って有意義な時間を過ごせた事、ずっと気になっていた容昌祠にも来る事が出来た事が嬉しくて心躍った。そして男に欲が出た。
 男が倭でしてきた恋はいつでも相手との愛情の繋がりはどんなに硬くとも超えられない障害が付きまとい、愛している人の間の子を望む事が出来なかった。
(でも常世(ここ)なら実現するかもしれない。だって僕の代わりにあの里木が子供を宿してくれるんだから)
 常世に来て以来心の奥にずっと閉まっておいた希望に近い疑問を、おずおずと呟いてみる事にした。
「僕も子供願ってみる事は出来るのかな?」
 すると全く同時期に男の耳にこんな言葉が飛び込んだ。

「手伝ってやろうか?」

「えっ」
 男は思わず立ち止まってしまった。
(手伝うって……まさか浩瀚様が僕と?)
「本当にいいの?」
 浩瀚は冷静な声で返事を返していく。
「一人では難儀だろう?」
「ええ。まぁ。……確かに一人で出来るもんでは無いし」
「そうなのか?」
「そうでしょう。相手がいないと婚姻は」
「……」
「……あ……」
 辺りは静まり返り二人の身体は固まった。男の背中にひやりと冷たいものが伝う。この場をなんとかごまかそうと男はむやみやたらにはしゃぎ出した。
「あぁ!お祝い作りの手伝いね。手伝ってくれるんだ。たぁすぅかぁるぅー」
男が焦ったまま浩瀚を見ると、浩瀚は何も無かったような顔で前を向いていた。ほっとした男は浩瀚の後ろをいそいそとついて歩き出す。
 二人の間は驚くほどの静寂な時が流れたが、男にはそれが有り難かった。このままやり過ごせるかと男が思った矢先、浩瀚が顔色一つ変えず口を開いた。
「決まりでは里木に願うのは婚姻した男女となっている。太綱でそう謳っている故覆る事はない」
 男がびくりと軽く肩を引き上げ、それから無理矢理笑いながら
「やーん、ここでも男女じゃないと駄目なんじゃない。
もうどんだけぇ〜
と人差し指をぴんと立て左右にぶんぶんと振り回したのだった。


「こんなの出しちゃうアタシが
どんだけぇ〜〜」ってスイマセン。
出来ればこのネタ、去年中に出したかったです。2007流行語ノミネートだったです、よ、ね?
さて、お送りしたgriffonさんも仰っておりましたが今回のリクエスト、いろいろ妄想が尽きない訳です。しかしいずれも私の貧困脳では泥沼の矛盾風呂でアップアップ。行き詰まりまして、結局お届けするのに時間がかかりました。いやはや常世で子供を授かる話は相変わらず手強かった;;;
最後は力技みたいな締め方でgriffonさんスイマセンです。これが私の只今の精一杯という事でお許し下さいませ。

以下思う事あって反転しております。
この男がどうしてこんなにも自分が願った子供に拘るのか?出来ればこれも盛り込みたかったんです。ずっとそれを考えていた時にふとある人のコメントが頭を過ぎりました。
「高○の遺伝子を残したかった」
私としては正直電波な発言だなぁ〜と思うのですけど、これに対する論議はここでは追求しません。
ただこの発言。常世人ならきっと思いつかない発想だろうなぁ〜とも考えてしまった。これも含めもっと掘り下げたかったんですけど。私が扱うにはあまりにデリケートな部分が多すぎて恐れ戦いてしまった、と言うのが本当の所です。根性無しで申し訳ない。。。


ここまでお付き合いくださり有難うございました。
←その一押しが励みになります

2008.2初稿

素材提供 篝火玄燈さま
禁無断転写