この話は「月の影 影の海」で、塙王側に捕らわれの身になった景麒の様子を私なりに推察しながら(はっきり申しますとでっちあげながら)景麒目線の話を書いております。
文章中、そこかしこに俺様的又は上から目線的表現が漂っております故、ご不快に感じる方がいるかもしれませんのでご注意ください。



諍えぬ運命(さだめ) 第一話

 気がつけば、景麒は柔らかな布に包まれて寝かされている。薄い布は、気だるい彼の身体に嫌に心地良かった。
(私は帰れたのだろうか?)
 一瞬都合のいい解釈をしてみたのだが、慣れた布の肌触りではない事をすぐに察し、景麒は自分の知らない所に寝かされている事を知る。しかも、人形であったあった筈が、いつのまにか獣形に変わっていた。連れていた班渠も見当たらない。
(嫌な予感がする)
 突然押し寄せる不安が怖くて起き上がろうとすると、後ろ脚が鎖で繋がれていて、それで景麒は何者かに囚われている事を悟った。
(主上!!)
 捕らわれの身だからこそ、切実に居所が気になるのは、現主の事。
(かなり失望させるお方ではあったが……)
 確かに聊か強引ではあったが、景麒にいちいち反発しようとする主を思い出し、憂鬱に首たれたが、それでも自国に必要な者と己を奮い立たせ辺りを見まわす。だが人らしきものは誰も居らず、代わりに酷く嫌な臭いを放つ鳥がぶら下がっていた。目を凝らして見れば、それは慶賀等に用いられる神聖な鳥だが、景麒の傍にぶら下がる(それ)は、首を刎ねられていた。そこから滴り落ちる鮮血は、丁度真下の甕が全て受けており、今もぽたり、ぽたりと音がする。その異臭に酔ってしまった景麒は、思考が鈍り、身体を動かす事もままならない。
(主上。……折角お探し申し上げたと言うに……。あれ等に葬られてはいないだろうか……)
 何も出来ぬ事が憤り、焦りのような、苛立ちのような感情が景麒を襲う。
 ふいに扉の開く音がして、何人か人影が現れた。そして、よろよろになってしまっている景麒を抱えその場を後にする。後には先程の鳥の鮮血が入った甕が運ばれ、僅かばかり漂う異臭が、景麒を鬱蒼とした気分にさせる。
(逃げ出したいのに逃げれず、明らかに敵だと思われる者らに、抱えて貰わなければ、動く事も叶わぬ)
 後ろ脚にはまだ重い鎖が繋がれていた。
 暫くして広い所に運ばれ、景麒の目の前には儚げな女性が一人佇んでいた。虚ろな目が物悲しく、そして、景麒はその者に同属の気配を感じた。
「……誰……だ?」
 そう言うだけが精一杯の景麒に、女性は音もさせず景麒に近付く。そして、四肢を折り見上げる景麒の顔を胸に抱き、何度も何度も鬣を撫でさする。その手の暖かさ、滑らかさが恋しくて。只今は、それに縋る事が唯一の安寧のようで。景麒は目を伏せ黙ってそれを受けていると、微かな声が聞こえた。
「お許し……下さい……」
 はっと顔を上げる景麒とほぼ同時に、傍に控えている者らが彼を抑えつけた。女性は一旦下がると、用意された針にしては太い鋭利な道具を取り出し、そして、景麒に又も近付く。景麒は先の心地よさを思い出し、期待に打ち震える。
(又あの安らぎに出会える)
 女性は、硬い表情のまま……というよりは、哀しみの面を被ったまま、景麒をさする。そして神獣の証である角に触れた。景麒は一瞬、力が抜けるような感覚に襲われたが、何故か気色の悪い物ではないとじっと女性のされるがままにしていた。如何して無防備に角を差し出したか?それは、恐らく目も前にいるこの女性も、自分と同じ角をもつ神獣であろう事を、景麒は無意識に感じていたからだ。
 しかし次の瞬間。景麒は耐えるには余りに過酷な痛みを、その角に受ける。ギリギリと耳に嫌な響きが大きく残り、身体を流れる血流が全てその一点に集中するようだった。角に何かを掘り込み、呪をかけているのであろう。掘り進むごとに、景麒の全身を痛みが落雷のように駆け抜ける。あまりの痛さに、声も出せず、自身の舌を噛み切らんばかりに混乱する景麒の口元に、頭を抱える女性の身体が差し出された。驚き眼球を見開くと、女性の瞳には数多の涙がこぼれ落ち、震えながらも唇が動く。
(こ、こ、に、歯、を、あ、て、が、え?…それは…お前の身体を噛み締めて耐え忍べと言う事か)
 景麒は女性が動かす唇の動きを、かろうじて読む事が出来た。だが益々当惑する景麒を、女性はぐっと引き込み、装束の上からではあったが、女性の身体を景麒の口元にあてがう。
(何故?)
 そう口に出したかったが、続けて始まる激痛に、とうとう景麒は目の前にある柔らかき身体に噛り付いた。女性の血色のない顔が苦痛に歪む。だが、自分も痛みを受ける事で救われたいと思いたいのだろうか。女性はより一層覚悟を決めたように、景麒の角に傷を刻み続けた。彫り込んだ後、女性は震える指で、傍らにあった血で満たされた小さな杯を手にとった。ずっとかがされ続けた臭いに、先程運んだ鮮血だろうと予想される。女性はか細い人差し指をその杯に浸した。真っ赤な血は、青白き指先にはっきりと絡み、その独特の臭いに、女性が一瞬ぐらりと体制を崩した。しかし何とか、身体を起し震えつつも、彫り込んだ角に、血を差していく。朦朧とした意識の中、うっすらと瞳を開けば、女性の指は異常なまでに震えている。景麒はこの女性が何処かの国の麒麟である事をはっきりと認識している。そして混乱した。血を厭う麒麟にとって、それを手にしてまで、呪を施す事はよほどの事である。景麒は女性を追いすがるような目で睨み続けていたが、女性は景麒の目を一切見ようとせず、おぼつかぬ指先で朱を塗りたくる。それは本能のままに、血が怖いからなのだろうか?それとも、景麒に施す呪の愚かさに、罪の意識で押しつぶされているのだろうか?どちらにしても、これ以上はもう、考えが纏まらぬと、景麒は苦痛の中で目を伏せた。


 次に景麒が目を覚ましてみると、最初に寝かされていた柔らかな布の中だった。隅々まで綺麗にさせたのか、もう、あの生臭い血の臭いは漂ってこない。のろのろと折っていた四肢を伸ばそうとすると、控えの者が景麒の様子に気付き、静かに出て行った。それを景麒は気だるげな面持ちで見送るだけである。まだ、身体中が痛みに軋む。事、額にある角に関しては、自分の物で無いような浮遊感を感じ、景麒自身の均等が取れ難い。拘束された後ろ脚には、重い鎖が繋がれていて、引きずるとジャラジャラと鈍い音が辺りを包む。景麒は何とか体制を整え使令を呼ぼうとして、結局失敗した。呼びかけても一向に返事が返ってこない。
(これが、あの麒麟の施した呪)
 ぼんやりだが、自体を把握しだした景麒は、がっくりと身体の力が抜けた。
(どうやら、完全に捕らわれてしまったらしい)
 それにしても、景麒や景麒の新しい主をそこまでして貶めたいと狙う、あの麒麟。
(まさか、
麒麟(あれ)一人の判断ではあるまい。きっと、その後には、誰かが控えている。……恐らく……)

 他国の王。

 何故、こんな事になってしまったのか。しかも、状況はどんどん悪くなるばかりである。
(一人放り出してしまったあの少女。頼れるとはおよそ言いがたいが、あれでも今の慶国には欠かせぬのに。これでは身動きが取れぬ)
 景麒の胸に焦慮の思いが、逆巻くように渦巻き始めた頃、先程の女性、否、正確には人形をしている麒麟が現れた。
(この麒麟には、聞きたい事が山ほどある)
 競りあがる思いのまま、目の前の麒麟に対して、話そうと試みた景麒だったが、彼の喉からは、無常にも言葉が発せられる事は無かった。焦る景麒は、喉元を掻き毟りたいと、だが獣形ではそれもかなわぬと、うんと首筋を伸ばし追い縋る様に麒麟の抜けるほど青白き肌を凝視する。ジャラジャラと脚に纏わりつく鎖が、耳に痛い。それとは対照的に、全体的に消えてしまいそうな儚げな印象をもつ麒麟が、音もさせず景麒の瞳まで腰を落とした。
「……あなたを大人しくさせる為です」
 金の髪が揺れた。その髪に隠れて、血色の無い頬には行く筋もの涙が溢れていた。
「さぞや苦しかった事でしょう」
 景麒の顔を胸に抱え、麒麟はもう一度彼の鬣に優しく触れた。
「どうして主上は、隣国を貶める等という事を……」
 聞こえるか聞こえないかくらいの小さな呟きが響き、景麒は麒麟の胸から顔を上げた。そのひょうしに景麒の角が、先程噛み耐え忍んだ麒麟の身体を霞め、麒麟は僅かに顔を歪ませた。
(痛くは無いだろうか?)
 景麒は心配そうに麒麟の身体に目を落とす。麒麟は景麒の気持ちを察したのか、自嘲気味に目を伏せた。
(わたくし)の事は気に為さらなくて宜しいのです。当然の報いでしょうし。私は、愚かだと分っていようとも。再三に渡り、主上にお諌め申し上げようとも。結局は逆らえぬ。主上がそう望むから……」
 滑らかな手が、景麒の毛並みを何度か往復し、泣き笑いに近い表情で麒麟はこう告げた。
「景台輔。あなたは今の私を『愚か者よ』と、お笑いになるのでしょうね」
 景麒の心に何ともいえぬ黒い(おり)のようなものが流れ込んでいった。これは自分ではこの状況を如何打開してよいか分らぬ、無常の悲しみか。それとも、目も前にいる麒麟の哀れからなのだろうか。数秒後、麒麟はすっくと立ち上がった。くるりと踵を反すと、冷淡とも取れる抑揚の無さでこう告げる。
「暫くここに幽閉致します。余計な動きを為さらぬよう、角を封じさせて頂きました。大人しく為されば、あなたにこれ以上の危害は与えない事でしょう」 そしてそのまま音も無く歩き出し闇に消えた。

「月の影 影の海」で、景麒が捕らわれて角に呪いをかけられているという事実があります。どうやら掘り込まれて、血で色を差しているらしい。と言う事でそれを参考に、後は勝手捏造致しました。血に酔っていれば動きも鈍り、敵のされるがままになるかなと。そして、呪はやはり塙麟自らの方が萌えるでしょうという事で書き進めるが、塙麟も血は厭う筈。そこは如何する???うふっっ、だからこそ、そそられるんじゃないいvv本来なら触れも出来ない物を無理を押してやらなければならない。しかも同属に対して。この身を切られる思いっていいなぁ〜と。ええ、私の逝っちゃった趣向、M的発想です。趣向ついでに言えば、景麒が痛みのあまり塙麟に噛り付くのもそう。恒例の「私一人が萌えっちゃったのーーん」という事で。実際、無理な体勢ではなかろうかとか、PCの前で手をあ〜でもない、こ〜でもないと動かしたけど。やれなくも無いとアバウト納得で、強引に入れさせて頂きました。こちらも雰囲気モノで読み流して下さい;;;
今回、続きもかなり独りよがり感漂うものとなっておりますが、どうぞ広いお心を持ってお付き合いくだされば幸いです。ほら、家のサイトの心情は「こんな設定も如何ですか?」程度ですから。
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2007.3.初稿
素材提供 MILKCAT さま
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