儚い遊戯

 青々とした緑が真っ白な壁に映えて美しい。戴極国に短い夏が近付きつつあった。
 その日私は自分の官邸から出て台輔がお休みになられている建物に向かう為正殿に入った所だった。思えばこうして正殿を自由に歩く事等、数年前の私には考えもしなかったであろう。
 全ては蓬山での夏。私は運命的な親交を果たした。
 一人はまだ(いとけな)さの残る台輔。彼と対面する為に黄海にはいったのだから当然といえば当然なのだが、台輔は初めての出会い以降私を慕ってくれ私もまた台輔に対して特別な思い入れを感じるようになっていった。
「もう一人は……」
 知らず呟く私の(まなこ)に煌く木漏れ日が飛び込み、私は思わず目を細める。


 あれは蓬山。光栄にも私に対して心を開いてくださったようにお見受けした台輔は、毎日のように私が控えている天幕を訪れた。
 ある日奇岩の根元に湧いた泉を取り囲むように広がった広場を私と台輔は散策する。すると見事な趨虞を見つけた。台輔も私もその趨虞に見惚れ、思い切って趨虞が繋がれている天幕に声を掛けた。私が声をかけるとすぐに凛然たる声が背後から聞こえた。私は驚いて振り返り――あなたと初めて言葉を交わしたのだった。
 あなたの事は一方的に見知ってはいたが、間近でお目にかかるのは初めてだった。威風堂々としたあなたのお姿。私は流石自国はおろか他国までその名を響かせたものだと感心したものである。以降親交が深くなるにつれ、あなたが噂以上の逸材である事をまざまざと思い知り、私はあなたに目が離せなくなる。
 それはあなたに案内され趨虞狩りをする前夜の事だった。
 荷造りをしている私の天幕に突然あなたが現れる。
「李斎殿。趨虞狩りにあると便利だろうと思われる物を持って参った」
「それはわざわざ有難う存じます。……ですが明日でも宜しかったのでは?」
「そう言う口実で貴殿に会いに来てしまった。すまない」
と口では謝罪の言葉を述べつつも少しも悪びれた様子のないあなたに、私の心は急速に絡めとられていった。
 そして抱いた妖艶な予感は、いくらもたたずに的中する。
 私と瞳を合わせたままゆっくりとあなたは私との距離をつめていく。知らず私は異様な昂揚感に押し上げられ、気がつけばあなたに優しく抱きしめられていた。
 私の心は激しく掻き乱された。あなたはどうしてこんな事を為さるのか。いつもなのだろうか。それとも私だからか。……何を私は都合のいい解釈を。あなたの真意がわからない。
 分らぬままじっとしていると、あなたの唇が私の唇に触れるか触れないかのところで留まった。そのまま唇を奪われると私は瞳を硬く瞑ったが、実際それは為さらず私の首筋に顔を埋める。私の身体は次第に火照り始め、そんな自分が酷く恥ずかしく思えた。思えたのだがあなたを跳ね除ける事がどうしても出来ない。程なくしてあなたは私の首筋に口付けをする。最初は触れるか触れないかというくらい軽く。次第に執拗に首筋だけを繰り返す。あなたの唇が私の首筋に這う度に私の全身に痺れが走った。
 何はどうあれ私はこの誘いに乗ろうとしている。それは私の中でどう処理すればいいのだろう。
 断われぬ状況だったと言えばそうなのだろう。圧倒的な威圧感に私は逃れる術を一切忘れた。……いや違う。忘れた事にしてあなたに身を委ねるのだ。その先を期待して。
 私の中の女の部分が、本能的にあなたから受ける情熱を秘めた温もりを欲しがった。しかし軍人である私の理性が、軽はずみに流されてしまって侮られてもいいのかと警鐘を鳴らす。ぐるぐると渦巻く葛藤の狭間で、私は私自身を納得させる一つの答えを見出した。 
 私もあなたも王の選定に弾かれた。天にしてみれば私もあなたも同じに等しい。同じ男女が。蓬山という日常とは離れた所で夢を見る。長い長い人生の中の。これは儚い遊戯。
 とうとうあなたは自身の唇を少しずつずらし私の唇を目指してきた。だが場所は分かっている筈なのにその先を一向に為さらない。それは自身の行為に迷っているのか、それとも私の心決めを待っておられるのか。
 意を決した私は自らあなたの唇に自身のそれを重ね合わせた。

 ただの男女が。
 儚い遊戯に身を耽る。


 だがあなたは王だった。
 王であるなら私はあんな大胆な事をしなかったのに。
 下山するあなたを台輔は追いかけ誓約されたと伺った時、私は複雑な心境に陥った。
 あなたが王である事に不服はない。当然の成り行きにこれで戴極国は安泰だと心から喜んだものである。
 しかし台輔はなぜあなたを王としてすんなり認めて下さらなかった。
 台輔が幼いがゆえの早とちりと聞いても、私が犯した恐れ多い所業は消える事はない。私は一見冷静を装っていたが心中は怖気づいていた。
 それでも私は目をそむける事が出来ない。儚い遊戯はあまりに快楽的で常習性を潜ませていた。


 池の鯉が水飛沫をあげ私は自嘲気味な苦笑いでこれを眺めていた。物音が聞こえ前方に目を移すと、こちらに向かうあなたと目が合った。
 あの時と同じように私と瞳を合わせたままゆっくりとあなたは近付いてくる。
 息が詰まる。私はその場から動く事が出来ない。又私の心を異様な高まりが侵食していく。そんな私の気持ちを知らないでいるのか、はたまた知っていて楽しんでいるのか。すれ違いざまにあなたは私の腕をしっかりと握り微かに口を開く。
「……待っている」
 威厳に満ちたあなたの声色はその時艶やかな空気を纏い私の鼓膜に到達し、私の身体の最奥は甘く疼き始めていた。



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ナンパなのかよっっ驍宗サマ!!
ムッツリス●ベの私が妄想すると驍宗もすっかりこんな有様に;;;李斎も尻軽女では消してないのでつ…。ただね。何と言いますか。普段と違うテンションにうっかり羽目を外してしまったなんていう設定でどうでしょう。駄目かし、ら?
でも驍宗が王じゃないと一旦は言われたから李斎は大胆に…なんていうドリームは好きであります。王の可能性がある内はやんなかったんじゃないかなぁ〜。
ところが驍宗は王だった。しかし今更過去は消せないし、知った快楽も捨てがたいし、頭は悶々身体はウズウズって萌えるな…は私の大好物傾向故ウキウキで筆が滑ってしまいました。ドウシヨウモネェナ、アタシ
晋青緑さまの繰り出す身悶えイラストにすっかり驍季CPの虜となってしまった私ですが、本格的に妄想したのは今回が初めてであります。初心者故いろいろ間違っているかもしれませんね。驍季一筋という方にはご不快な思いをされていないか心配な所です。
それにしても大人同士のしっとりCPって良いですね。

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2008.5初稿
素材提供 Kigenさま
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