空言―慶国はやりもの
 その日利広は奏南国へ戻る途中、慶東国は堯天に立ち寄った。
「何か面白いものは無いかなぁー」
等と、鼻歌交じりで軽やかに乗ってきた騎獣を引いていると、ある一角に人だかりが出来ている所を見つける。
 気になった利広が遠巻きに覗くと、そこはどうやら期間限定で開催されている書籍の即売所のようで、街娘や男等が何冊も何冊も本を抱えていた。自国や他の国の書籍街にふらり立ち寄った事のある利広だったが、そこで書籍を買い求める者らとは少し違う雰囲気を彼は感じた。
「大体官吏になる為の問題集だとか、古文書だとかを、必要に迫られて買い求める奴等は、よく見かけるんだよな。しかし、ここはどうやら違うらしい」
 興味を持った利広は、中に入ろうとする。しかし、入り口付近に近くなるにつれ、その熱気は計り知れなく、珍しく彼は圧倒されてしまった。
 大きな樹木を背もたれにして、その影で涼むみ、遠巻きに様子を眺める事にした利広。暫くすると、じっとこっちを見ている娘と目が合う。始め娘は、目が合うと、ぱっと手にしていた書籍で顔を隠してしまった。
「あれ?」
 利広は僅かに眉をひそめた。
 追剥に持って行かれないよう、傍で休ませている騎獣は、与えられた好物を大事そうに舐めて大人しくしている。その毛並みを二三度撫でてやりながら、利広は視線をあの即売所が開催されている広場に戻した。相変わらずそこは、人がごった返していて、その波が落ち着く気配は無い。
 数分後。やはり、利広は篤く見つめられる視線を感じた。その先に気付かれぬよう、何も無い風を装い、わざと大欠伸をする体制になり、右手で顔全体を覆い隠す。その指の隙間から、僅かの合間に視線の先を探し見た。
「やっぱり……」

 見つめる相手は先程の娘。彼女はこちらの様子の変化に気付いていないのか、そわそわしながらそれでも利広に目を離さない。
 少し考えた利広は、試しに柔らかく微笑んでみた。娘は又も手にしていた書籍で顔を隠そうとして……しくじり落としてしまった。あたふたと辺りにばら撒かれた、書籍や幾枚もの紙らしきものをかき集める様は何とも滑稽で利広は肩を揺らし笑ってしまう。その内傍にいた一人が見かねて、手伝ってやる姿を見て、利広は何となくここで遠巻きに見物しているのは、居心地が悪い気がしてきた。
(もともと私が相手になったから……だったし、な……)
 立ち上がり、騎獣を引っ張って歩き出そうとすると
「待って!」
 突然娘の声が飛び込んできて、利広は怪訝な顔をして足を止める。
 娘は何か踏ん切りがついたようで、拾った荷物をしっかり抱きしめると利広に向かってずんずん歩き出した。
「帰らないで。そこで、少し待ってて下さい」
 どうやら利広がここから立ち去ると思い慌てたらしい。
 娘は利広の傍によると、もうすっかり覚悟は決まったようで、きっぱりとどちらかと言えば相手に有無を言わさない位の気迫をぶつけて切り出した。
「ほんの暫くでいいですから、そのまま立っていて下さいませんか?」
「はっ?」
「お願いします。立っているのが辛いなら、座っていて下さっても。とにかく楽な姿勢でいいですから、暫くじっとしていて頂きたいのです」
「あの、何で?」
「是非、あなたの姿を写し取りたいのでございます」
「えっ?」
 利広は、娘の意図する内容を完全に飲み込むまで時間が掛かってしまった。そのまま、立ち尽くしていると
「……いきなりで、ぶ、不躾だとは思うのですが……」
 娘はだんだんその場で消え入りそうに小さくなって、様子を伺っている。その姿が余りに哀れで、利広は慌てて言葉を発した。
「あっ、ああ。悪かったね。いいよ、ここにじっとしていればいいかい?」
 努めて優しくにっこり微笑んでやると、娘はにわかに華やいだ顔になり、持っていた荷物の中から紙を数枚取り出すと、物凄い勢いで筆を走らせた。空いた手でしっかり紙を抱え込み、一心不乱に筆がその紙を踊る。
「ああん、もう、墨が掠れてしまった。申し訳ないのですが、座って描かせて頂いても宜しいですか?」
 娘は一応返事を聞く素振りは見せたが、実は返事は全く必要とせず、言うやいなや、べったりと地べたに座り込み、持ってきていたらしい、墨壷にさっと筆を浸し、先程の続きに没頭する。
(器用なもんだなぁー)
 利広は、娘の姿に圧倒され見とれてしまった。
(凄まじいな。彼女の何がそんなにも駆り立てるのだろうか)
等とぼんやり考えていると、一通り描き終えたのだろうか。娘がほうっと深呼吸をすると、改めて利広の顔をじっと見、礼を述べる。
「有難うございました」
「もう、いいのかい?」
「ええ、もう、十分」
 満足げな娘の様子に、安心した利広は、
「じゃあ、もう、私は行くね」
と爽やかな笑みを残し、その場を颯爽と去ろうとする。すると
「ま、待って。折角お手間を取らせたんですもの、何かお礼を……」
と娘は引きとめようとして……又しくじった。
 描き上げた紙は丁寧に且つしっかりと抱えてはいたが、どさどさと残りの書籍を、又もや落としてしまう。
「ああーん、もう。すいません。すいません」
じたばたと落ちた書籍を拾う娘を、くつくつ笑いながら、利広も手伝おうと近くに寄ると、彼は面白いものを見つけてしまった。
 ばざっと開かれたその書籍の、挿絵と言えばいいだろうか。そこには少女とも少年ともつかぬ者が描かれている。とても目を引く素晴らしい絵だった。黒一色で勇敢に戦うその佇まい。そこに一色だけ赤が差し込まれていた。
 赤い髪。
「これって……」
 娘は急いでそれを拾い集めながら、はにかんだ表情をした。
「恐れながら、景王様です……」
 娘は罰の悪そうな顔を一瞬して、その後意を決したように話をする。
「実はそれ、私が描いた物です。実際私は会った事は無いのですけれど」
「だろうね」
 思わず利広は淡々とこう返した。街娘が簡単に会う事が叶いそうな相手ではない。余りに簡単に利広が言い切るので、少し怯んだような娘だったが、それでも話を進めようとおどおど語る。
「え、ええ。会った事は確かにないのです。ですが。以前、景王様が慶国創世記を、それは見事に収めた講談を読んでから、景王様を崇拝してしまいまして。思いが募って、想像だけで書いてしまったのです」
 利広の目の色が変わった。そして興味深いと尋ねてみる。
「へぇー。じゃあ、この挿絵だけじゃなく、この講談話も、君が?」
 娘は恥ずかしそうにしながらも、こくりと小さく頷いた。
「今日は、講談を自主出版で出している人達のお祭りで。えっと……そのう、中には有名な講談話に触発されて、それをもっと自分なりに情景を膨らませた話を書いている物もあって……。今日の祭りはそういったものが結構多いんですけど……。そして、私はこれを楽しみにしていて……。それで、そのう……。最近流行っているのですよ」
 もじもじとしながらも娘の説明は嫌に詳しい。恐らく誰かに伝えたくてたまらなかったのだろう。
「へぇー。……ところで、君はこれで生計を立てているの?」
 利広が何気なく聞いてみると、娘はぶんぶんと手を大手に振った。
「とんでもないっっ。これは趣味の一環で。何と言いますか、好き故にやってしまっていると言うか……。あそこでは同じ趣味や同士が集まって、いろいろ楽しいんですよ。それで……」
 利広は分ったような分らないような、いぶかしんだ顔を見せた。そんな彼の様子を見て
「……って、やっぱり分らないですよね」
と、声も小さくなる。
 目の前の女がみるみるしょげていく姿を見ると、何だか居心地が悪い。即座に利広は顔を和らげ先程から気になっている一角を指差し問うた。
「いや、大丈夫だよ。で。それ、あそこで買うの?」
「ええ、そう、です」
 おずおず娘はそう答える。
「ふーん、あそこで買うん…だ」
 そう呟き、利広はその一角から目線が外せなくなった。興味を抱いたようである。
「……お読みになりたい、です……か?」
「えっ?」
 利広は、一瞬娘が何を言い出したのか分からなかった。しかし娘はずいと利広の顔を見据えると、半ば強要するようにこう言った。
「と言いますか、お読みになりませんか?」
 その凄みに面食らった利広を尻目に、娘は「お礼だもんね」と一人納得したかのような、呟きを吐きながら、手にしている書籍から一冊取り出す。
「これ、先程あなたが拾って下さった物です。これは実は私の新作……いえ、そんな事はいいんですけど、とにかくお読み頂きたい一冊で。私今回これに魂込めたというか……と、とにかく、私、景王様への思い入れがつまった話なんです」
と、利広に向かって差出た。
(ここまでされて、貰わない訳にはいかないだろ)
 利広は娘の気迫溢れる様子にすっかり飲み込まれ、最後には差し出された書籍を手にとってしまった。
「では、お世話になりました」
 ぺこりと娘はお辞儀をすると、あの熱気溢れる広場へ走り出す。手にはしっかりと先ほど描いた戦利品を抱えて。
(んふっ。相当勇気がいったけど、思い切って頼んでみて良かったわ。だってあんな綺麗な人、めったにお会い出来ないじゃないの。とっても高そうな騎獣を連れていたわ。きっとお金持ちなんだろうなぁ。ああ、それにしても……。これは使える。次回これで、もっと面白いのが書けるかもよ)
 逸る心が楽しくて仕方が無いのだろう。娘はふと足を止め、そっと、描き挙げた姿絵を覗き見た。描いた者は全体に気品が漂う佇まいだった。すっと見据えた瞳は、まともに見つめると取り込まれてしまいそうな、深い深い魅惑に満ちている。柔和さを醸し出しつつ、だが何処か威厳に満ちた、自分とは違う部類。
(……そう、ね。景王様をお助けした官吏の誰かって事で、絡めてもいいんじゃない。で、彼が、景王様に…んふっ、ぐふふふふ。…悪くないかも)
 よもや、大王朝の太子とは思いもよらぬ娘は、自身が描いた利広の姿を相手に、好き勝手な妄想を走らせる。そして、思わず頬を緩めれば、自然身体に緊張感が無くなる。
 どさどさっっ……。
「ええぇー。又ぁぁー」
 相変わらず人がひしめき合う広場で、慌てて買い占めた書籍を集めていた。


 利広は手元の書籍を徐にめくり始めた。元の木陰に戻り、走り読みをする。
(うわっ。本気かよ)』
 それは、王と若き冢宰の秘め事話。その赤裸々な内容に、利広は仰け反った。しかし、あくまで二人は王と臣下の関係。それ故の苦労が切々と、悲恋として表現されていた。
 最後にあの少女の言葉だろう。一言添えられていた。

  ならぬ恋程燃えるもの。
  我が王の素晴らしい事この上ないに違いない事と。
  それを後で支える、怜悧かつ温厚誠実と褒め称える冢宰への賛美故の
  《空言》である事を、ここに記しておく。


「……つまりは、嘘っぱちと言う事……ね」
 利広は何故か安堵し、次に何とも言えぬ気分になる。そして盛大に息を吐き出した。
「何年も生きてきて、いよいよ飽きてきたかと思ったけれど、世の中いろんなものが出てくるもんだ。しかもこれが趣味の世界とは……」
 こんな暢気でお気楽な事が流行っているなら、慶東国も平和なのだろう。
「引き合いに出される、景王と冢宰は堪らないかも知れないけどね」
 利広は書籍を閉じると、表表紙を大事に撫でた。
 だが暫くして。
 彼は何かを思いついたらしく、嫌に楽しげな微笑を浮かべると
「行くよ。急いで家族に会いたくなった」
と小さく言って、騎獣に飛び乗った。そしてふわりとその場から宙に浮くと、利広に上手に誘導されそら高く駆け上がる。

―いい土産が出来た。これ持ってって兄貴からかったらどんな顔するかなぁ。

悪趣味ににやにや笑い、鼻歌まじる利広の姿が、広い空にとけていった。



とあるイベント開催のお知らせをこんな形で応援させて頂いたその残骸。(何のイベントかは察して下さいませ;;オンリー本当に悔やまれる)
一応言っておきますが、これはあくまで「空言」。つまり、でっちあげです。(←いつもより激しいかも)
あまり深く考えては野暮ですよ。
「常世は恐らく、人の噂や、書籍が頼りかと思われるのに、こんな紛らわしい祭り、する訳がない」
だの
「これを間に受けて、民は混乱しないのか」
だの、言っちゃダメェ!!(それが一番恐ろしいの←なら、やらなきゃいいのに)
悪乗りは好きな癖に、心臓はノミより小さい私でございます。
当サイト。浩陽好きさんが結構集まってくれている事をこの頃再確認致しまして、なのに最近書いてないなぁ〜と思ったものですから。
「浩陽にガッツリ嵌ってしまった妄想常世人」を作ってしまった。
期待ニ答エテネェダロウガ、ソレジャorz
でもさぁ、娘の言ってる事は私の気持ちよ。絵描けないけど。
さて、奏国で、これ見た利達はどんな反応見せるんでしょうねぇ〜くっくっくっ(邪笑)
その模様は、ぼんやり浮かんではいるんですけど。けど…。また浮かんだだけで形になっていない根性無し;;

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2006.2.初稿

素材提供 clefさま 
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