こちらは「蛍光石」と対のお話になっております。「蛍光石」とリンクさせている箇所もございますので、出来ましたら、「蛍光石」からお読み頂く事をお勧めいたします。勿論、そのままお楽しみ頂くのもアリですが、そうなると途中で?と思われる箇所があるかもしれません。
尚、登場人物は「蛍光石」で登場した、細工師で、藍滌と後に男女の関係になる女が中心でございます。
その女目線の話。よかったら、どうぞ宜しくお願い致します。












黒瑪瑙

 玉は磨かねば唯の鉱物にすぎない。
 人が手を施し、磨き上げる事によって、玉は人にとって意味のあるものになる。
 細工師の心、それは、霊力と言ってもいいだろう。
 その熱い思いが玉に入っていくのだ。
 玉は人の手によって新たな力を得る事が出来る。
 故に、美しい玉から人は、目をそらす事が出来ない。


 昔、女がいた。
 その髪は漆黒。瞳は吸い込まれそうなほど黒い輝きを持つ美しい女だった。
 しかし、女の評判はその外見ではない。女はの細工師としての腕は、千人に一人の逸材と言われていた。その精密さ、卓越した技は勿論の事だったが、中でも興味深い事があった。それは女の作る玉器は、何故かそれを持つとどんな危機をも回避できるというのだ。最初は小さな戯れ言だったのかも知れない。しかし、噂が噂を呼び、女の評判はさらにあがっていった。ついに女は、若いながらも皇帝に献上する玉器、それは王朝の平安を祈ってわざわざ作られる物の細工まで任されるまでになっていった。
 ところが、ある嵐の夜。女の東屋は嵐で流され、同時に女も行方知れずとなった。人は、女が細工して渡した者の不運を、女がすべて抱いてこの世からいなくなったのだと噂し、嘆き悲しんだ。


 女は気がつくと、山の麓に投げ出されていた。何とか起き上がり、のろのろ街まで降りて、目に飛び込んだ世界に驚愕した。
 まず、髪と瞳の色が、女が今まで見た事のない様々な色なのである。しかも、髪の色と瞳の色が必ず一致しているものでもない。又、獣が二足歩行で歩いている。そして、言葉が通じない。そこは女の全く想像し得ない環境であった。そこで彼女は考えた。自分は既に死んでしまっていて、ここは仏の言う所の次の世界であるのだろう。ここで自分は苦行をしなければならない。言葉が通じないのも、苦行の一つ。そう、納得を付けた。
 寂しさを紛らわす為、その辺にある石に、闇雲に細工を施していった。時間を忘れる為にやっていた事だが、それを見つけない者がいないわけは無く、当然の如く評判になった。
 暫くしてある商人風の初老の男性が、身振り手振り等、使える伝達技術を総動員して、女に「自分の所へこい」と誘ってくれた。何処までも一人だと思っていた女だったが、初めて自分を構ってくれた相手が現れた事が嬉しかったのだろう。優しいこの初老の男性についていく事にした。
 しかし、そこで生活が一変する筈も無く、女は毎日石を削り、少しの食事を貰い、冷えた床に敷物を敷き、つかの間の休息を得るという日が、えんえんと毎日繰り返されていった。それでも女は、これは仏がお与え下さった自分に対する苦行だと、黙々と細工を施し、日々を暮らしていった。


 そうする内、別の男が、女をそこから連れ出してくれた。
「今度は何処へ連れられていくのやら。私にはどうせ又同じ事の繰り返しだけれど…」
 男に理解できる訳がないと、女はわざと大きい声で言ってみる。すると
「今度はもっとましな所だ。お前、今まで大変だったな」
 返事がかえってきて、はっとする。女は聊か驚愕して、その男を凝視した。男は女に食い入るように見つめられ一瞬戸惑ったが、あえて何も無かった顔を作り、話をする。
「そうか。言葉が通じたのは初めてだったな。次、行く所なら、お前も言葉に苦労はしまいよ」

 意思の疎通が出来る事に感激したのか、男が気さくな性格で話しやすかったのか、女は次々と疑問に思った事を問うた。そして分かった事は。女は死んだ訳ではないという事。時々起こる蝕という天変地異によって、偶然異世界に入ってしまった事。ここでは女の故郷を崑崙と呼び、女は山客という者であるという事。
「俺らみたいにお前の言葉を理解できる者も、この世には、いるのさ。王やその下で働く官吏がそうだ。これからお前は、この国の王に会う。お前に是非やって貰いたい勤めがあるそうだ、しかし……」
 男は黙ってついてくる女の顔を盗み見ながら、呟いた。
「俺だって山客に実際会うのは初めてだぜ。いろいろ想像していたんだが…思っていたより、そのう……普通なんだな」


 この国の王、呉藍滌に会った時、女は一瞬で心奪われてしまった。
(ああ、この人は、なんて美しい輝きを持った人なのだろう)
 仕立ての良い衣装から覗く肌が、抜けるほど白く印象的である。内からほとばしる、潤いのある白い肌。
(この方のお傍にお遣えしたい。この方の話をもっと聞いていたい)

「わらわの為に、範国民の為に、助けてくれまいか」

 歌のように聞こえるその言葉を聞きながら、女は誠心誠意、藍滌に遣え様と心に決めた。


 毎日一生懸命だった。何とか藍滌に褒めて貰おうと、必死で自分の持てる全てを伝えようとした。教わる者の飲み込みも早かった。女は久しぶりに仲間と仕事に打ち込める充実感に浸っていた。
 藍滌と過ごす時間も楽しかった。表向きは、仕事の進み具合を報告するという物だったが、時より見せる女を気遣う藍滌の優しさに感激した。だから
「そなたが欲しい」
 そう告げられ、想いを交わし合ったあの夜を、女は一生忘れはしないだろう。
 藍滌は何処までも優しく、そして激しかった。女は藍滌から香りたつ男としての魅力に眩暈を起こしそうになり、又、押し寄せる深い愛情を受け止めるだけで精一杯だった。しかしながら、藍滌の目に自分しか映らない事が、この上もなく幸せに感じた。


 範国民は覚えがいい。乾いた土に水が染み込む様にどんどん技術を吸収していった。時には女でも無理な細工を施す者も出てきた。

(そろそろ私は必要なくなるのではないだろうか?)

 藍滌と逢瀬を重ねる内、女は藍滌無しでは不安で堪らない己がいる事を悟っていた。では藍滌は如何なのだろう?女の細工師としての卓越した技が、良いだけではないのだろうか。
(主上は、私の手が好きだという。こんな、こんな、日焼けした、ごつごつした手が。それは、この手に備わる力が好きなだけではないか?まさか、そんな、埒も無い事を。その内私は、他の者に追い越される。それを見て主上は、だんだん私を忘れるのではないだろうか?ならばいっそ……消えてしまえばいい)

 そう考えていた頃、蛍光石という、珍しい石に出会った。それはこの国で産出されるらしい。
 女は考えた。出て行くのは今ではないのだろうか。この石を探す旅に出るという口実は、女がこの先くるかもしれないであろう苦しみ――そう、藍滌に忘れ去られる事から逃れる、唯一の方法なのではないのだろうか。しかし、藍滌無しで自分は寂しさから押しつぶされたりしないだろうか。蛍光石を見つけてからというもの、女は自問自答の日々を過ごしていった。


「主上に折り入ってお願いがございます」
 とうとう女は藍滌から忘れ去られる苦しさより、自ら消え、藍滌の心に強烈に印象付ける選択をした。

(私の事、忘れないで……)
 女の申し出に、激しく狼狽する藍滌を見て、一瞬心が揺れ動いた。しかし、戻って「愛される」というひと時の快楽を得るより、想い人にずっと自分を留めておきたい。そんな独占欲みたいなものの方が勝っていたような気がする。

(けして私の事、忘れないで……)


 身支度を整え、王宮を去ろうとする女の背後から
「まてよ」
と、聞き覚えのある男の声がした。
「あなた。市井で私を拾ってくれた…」
「まったく。あんた、あぶなっかしいな。一人で見つけられるのかい?主上より、あんたの警護を拝命した。長い付き合いになるんだ。宜しくな」
 男は自身の腰に手をかけ、快活に話した。女は男の顔を怪訝そうに見る。
「でも、妖魔も蔓延る(はびこる)所だそうよ。よく、こんな仕事引き受けたわね」

(それは……俺は、あんたが……)

 男は、思わず口から飛び出しそうになった想いを、ぐっと飲み込んだ。女が藍滌と男女の仲である事は、王宮で知らない者はいなかった。男はその時、胸つぶれる思いだったが、同時にあの女なら致し方ないと納得している自分がいた。
 男は初めて女を見た日を思い出す。その漆黒の髪、瞳は何処までも吸い込まれそうな黒色だった。始め男は、山客等と言う、こちらの人種とは違う者に会う事に、興味もありつつ、聊かためらう所もあった。訳もなく恐れていたと言った方がいいのだろうか。しかし、その考えは女と出会って塗り替えられた。
 確かに、違う人種の生き物だった。だがそれは、自分が抱いていた印象ではなく、神々しいばかりに光り輝く眩しい存在と言う事。
 それから程なくして、市井で黒瑪瑙を見つけた時は、吸い込まれそうに玉に手を取り、離す事が出来なかった。
「お客さん、神秘的な黒でしょう。ここまで濁りの無い黒瑪瑙は、ちょっと無いですよ。黒瑪瑙は、危険から回避できる石として、魔よけに用いられる。ここまで素晴らしかったら、それは、さいきょ……う……で……」
「いくらだ」
「はっ」
「説明はいいから。いくらだと聞いている」
 驚くほど大金だったが、男はなりふり構わず、その黒瑪瑙を手に入れた。彼にとってその石の力など、たいした事ではなかった。以来男の首にはその漆黒の物体が下げられる事になる。


 男はこれまでを思い、女を切なくも愛しくみつめる目を、いつもの人当たりのいい眼差しに変えると、こうおどけて見せた。
「そうだなぁ。あんた、寂しがり屋だろ。話し相手くらいは必要かと思ってな」
「へんな人」
 女はそうぽつりと呟くと、男の見えない角度で小さく笑った。
「しかし、あなた、本当に大丈夫?」
 女はそう言うと、男は大きく伸びをして返答をした。
「さぁ、如何だかな。だが、俺はある時から危険な思いはした事無いんだ」
 男は首に下げていた玉の首飾りを徐に見せた。
「黒瑪瑙…」
 女は、その神秘的な黒に暫く見惚れてた。
(そう言えば、あちらで、黒瑪瑙をつけた玉座を作った事もあったっけ)

――黒瑪瑙の力と、そなたの噂の腕が合わされば、世の身も安泰ぞ――

 そう言っていた、かの王は、今頃如何しているのだろう。が、それも、もう遠き昔の事。
「本当に頼もしい限りねえ」
 女は、くつりと笑みを零すと、もう一度、去り行く王宮を見渡した。
(さようなら、主上。楽しかったわ。あなた様と私が強い(えにし)で結ばれていれば、二人で眺めた蛍光石が、必ず導いてくれるわ。その時又お会い致しましょう)




わりによく用いられる、物語りの、対相手側目線のお話です。藍滌出番殆どなし。オリキャラばかりの自己満足作品故、投稿は今まで控えてました。でも、抹殺しなかったのは、こんな理由からなんです。

    人は「魔力」等という不確かな、あやふやなモノだけで、そんな危ない行動を起こすものなのだろうか?

多少はそれもあるんでしょうが、結局の所、その人の心に棲む不安や疑い、独占欲等が、大きく引き金になっていくのではないかと思ったのです。藍滌は石の魔力に取り込まれたと、言っていますが、実際の所、そんな簡単なものではない気がして。女にはそうあってくれれば面白いのにと、ずっと感じていて。結局、サイト公開にって事で、こちらも後悔公開致しました。ああ、すっきりした。
違うご意見も勿論おありでしょうが、私はこう言う見解で。
後、常世人が実際会うまでの海客・山客に対するイメージって、訳もわからず空恐ろしい者ではないかと思ったので、それも加えました。女は古代中国の女性という設定なので、人は黒髪黒目オンリーしかしらないかなと。はじめて常世を見た時は、いろんな色の髪・瞳に驚き、当然半獣にも驚愕しているだろうと。そんな事を思いながら、挿入しました。
いつもながら、私の妙な妄想にお付き合い下さり誠に有難うございます。
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2005.9.初稿
素材提供 篝火玄燈さま 
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