この話はAlbatross様の赤狗様作品「泉の周りで〜夏〜」の設定をお借り致しました
赤狗様の描く、人物が大好きなんです。これを拝読した当時鳴賢・楽俊が、私の中で生き生きと動き出し
思いが一杯になったので、赤狗様のご承諾を得て、この話しを書かせて頂く事になりました。
赤狗様には書くにあたり適切なアドバイスを頂きました。本当に心の広くお優しいお方だ。
さて、私が妄想した 鳴賢の設定は、必要以上にいろんな事を考えすぎて、自爆するが、
そこが魅力的で娘にも楽俊にも かわいがられるタイプでした。
そして、恋愛にしてもそういう事にしても Don’tthink FEELも必要なんじゃないと、教えてあげたくなって。
それは彼も理解できた様で、次の日は極自然に娘と…以下自己規制。
娘の方はね、初めてではないんです(鳴賢ごめん)その後の彼女の行動は、本当に鳴賢が好きで、
自信を失いそうな彼を勇気付ける為に、と言うより 女はあれだけでも満たされるのよと、
伝えたかったかなと。意外にね、そういう思い出の方が、美しく 印象に残っていたりするもんです。
楽俊と鳴賢のかける…全く人の話で何やってんでしょうね。
しかし、赤狗様の楽俊って、かっこいいです。私は彼に男の色気を感じてしまい。
なんだか知らないけど実はすごくもてる楽俊を書きたかったのです。もてるだけじゃなく、経験も豊富な…。
ここでこれを言うのはおこがましい気もするんですけど。もし、もーし「泉の周りで〜夏〜」を
未読の方は、是非ともAlbatross様の「赤狗様の幻想的世界」へ、今すぐ向かって下さいませ。
私はあそこで楽俊に惚れた。男の色気が匂い立つ青年楽俊にお会い出来ます。そして、何よりも
赤狗様がお造りになる裏設定の圧巻な事。その壮大さ、虜になる事間違いナシです!!

←その一押しが励みになります

2004.3.初稿


素材提供 十五夜さま
禁無断転写

人生最大の悩み

鳴賢は一人悩んでいた。

人生最大の悩みだった。

「俺…あいつと…最後まで出来るのかな…」




幼なじみだった娘と再び大学内で出会い、娘の美しい変貌振りに驚いた。

口さがない奴等が

「金に飽かせて出来た事」「誰とでも寝る」「手段は選ばない」

と、娘を揶揄する。娘がそんな事する筈がないと思いながら、その時鳴賢は、

外聞や建前を気にしてその場をやり過ごすのに必死だった。

そんな自分に後悔して 思い切って正直な気持ちを打ち明けた。

娘も最初は戸惑っていたが、幼い頃の暖かい記憶が二人を繋ぐ。

娘は鳴賢の気持ちを受け止め、二人は付き合うようになった。

そして、何ヶ月にもなる。




そろそろ男としてのけじめをつけたい。

…いや、娘の全てを知りたいと言った方が正確か。

鳴賢も健康な一青年である。

好きな娘をこの手に抱きたい。

愛らしい唇に触れたい。

柔らかな胸のふくらみを……。

「あぁ、もう。俺は 最近 こればっかりなんだよ」

大学に入るまで 鳴賢は学業一筋で、他の事には目もくれなかった。

お陰で十九にして大学に入ると言う快挙を成し遂げるが、今度は允許を取る為に、

毎日学業に専念しなければならない。

そうこうしている内 気がつけば 学業以外は何も知らない男になってしまっていた。

娘をどう扱っていいか分からない。

娘と口付けをしたいが、きっかけが分からない。

娘とその先に進みたいが、気の利いた技が使えない。

周囲は誰から教わるわけでもなく、一通りの事は経験している様である。

鳴賢もきっかけがなかった訳ではない。

花娘にお願いする事も出来たが、それは鳴賢の理性が許さなかった。

『やはりああいう事は、好きな子としないと』

そんな純粋なこだわりが、彼を色事からますます遠ざけ、現在に至る。

始末の悪い事に、鳴賢は行動一つにしても、理屈で納得しないと頭に入らない。

『俺ってつくづく、手習書がないと 何にも出来ない男なのかも』




「おーい、鳴賢。お前の所にある あの書籍さぁ、貸して欲しいんだけど」

鳴賢の憂鬱をよそに、彼の友人 楽俊が現れた。

「前に言ってたヤツかぁ?書棚の上の方にあると思うけど お前、届く?」

今考えた事はしばし忘れよう。

そう被りを振って、鳴賢は楽俊に話し掛ける。

「あぁ、大丈夫だと思うけど。よっと、あらっ、ちょっと届かねぇ、かなぁ」

鼠の姿をしている楽俊には少し難儀している様である。

小さい足を振る振る震わせ、手を精一杯伸ばす姿は、鳴賢から見ても愛くるしいものである。

「きっと、こいつも 俺と同じで 女なんか知らねぇんだろうな」

楽俊の後姿を眺めながら、鳴賢は一人頬づえをつく。

「お前 今 女知らねぇとか言ってなかったか?」

振り向きもせず そう切り出す楽俊に、思わず鳴賢は椅子から落ちそうになった。

「楽俊、聞こえていたのかよ」

「ちょっとな。それより、最近お前の様子が可笑しいからさ、

気になっていたんだけど、その事と関係があるのか?」

やっと書籍が取れた様で、楽俊は振り向くと、ふっくらとした笑顔を鳴賢に向けた。

「あぁ、もう。お前は 何でもお見通しだよ」

そう言って 鳴賢は 天を仰ぐと、彼の人生最大の悩みについて、楽俊に打ち明けるの

だった。




「へぇ、ついに その気になったっていう訳か。でも、何をどうしていいか分からない。

なんせ、初めてだもんなぁ。確かに おいらも 初めての時は緊張したよなぁ」

全てを聞いた楽俊は、ほぅっと溜息をつくと、窓の外遠くの景色を眺めながら昔に思いを

はせていた。

『あれっ、ちょっと待て。 今、こいつ おいらも、初めての時は緊張した とか、

言ってなかったか?って事は、もう、経験、してる、の、か?』

「ら、ら、ら、楽俊?お前、お、女、抱いた事、あるのか?」

鳴賢は思わず立ち上がると、声も上ずり、こう問い掛けた。すると楽俊は

「あぁ、あるよ。おいらもいい歳だからさぁ。人並みには、ね」

事もなげに言ってのける。

『いい歳ってお前、俺はどうなるんだよ』

鳴賢は目の前が真っ暗になった。

男 鳴賢、女を知らぬまま、二十代後半を迎えている。

『俺はバカだ。楽俊が、幼い頃から 本ばかり貪る様に読んでいた事だとか、

俺より年下だとか、鼠姿の愛くるしさとかに誤魔化されていた。

楽俊は俺と同じだって、勝手に仲間扱いして…』

目を白黒させた後、自分の羞恥心にさいなまれ、周囲から見ても分かる様に 明らかに

落ち込む鳴賢。

「いいじゃないか。誰でも、初めてと言う日は来るもんさ。それが早いか遅いかだけじゃ

ないか」

ふいに、頭を優しくなぜられた。

椅子に座っている鳴賢は、鼠姿の楽俊にとって、丁度頭を撫でやすい位置にある。

どうして楽俊といると、自分を解放したくなるのだろう。

鳴賢は それまで直隠にしていた 自分の気持ちを全て話したい衝動にかられる。

「違う!そういう事で落ち込んだんじゃないんだ。俺、俺、お前のその姿がかわいいから、

お前をお子様扱いして、お前だけはそういう事に疎いはずだと、たかをくくっていた。

俺が知らなくても、楽俊だって同じじゃねぇかと、同類を作って安心していた。

そんな俺の情けなさに 腹が立つんだ」


『所詮 半獣だもんなと 思ってはいなかったか?』


鳴賢の目元が赤く染まる。

手は拳を握り、震えている。


「鳴賢、そう自分を卑下するなよ。お前の考えている事はだいたい想像がつく。

……しょうがねぇさ、おいら半獣だもん。やっぱり特別に見ちまうものなのさ。だって

おいら自身がそう思うもん。おいらが半獣でこんなだから幼く見えるんだ。半獣だから

おいらが ちょっとばかり頭が良いのを殊更珍しげに見るんだ とね。

でもさぁそんな事くよくよ悩んでも始まらねぇ。おいらは半獣だけどさ、それは天帝から

頂いた賜り物だと思う事にした。だから鳴賢、お前は今のお前のままでいいんだ。

お前は自分の弱さを知っている。己を知るという事は、他には変えがたい宝物なんだぞ。

おいら、お前のそう言う所 好きだよ」

言われて 涙が出そうになった。

楽俊は自分の境遇を苦だと思わず、天帝から賜った自分の個性だと言う。

そう言いきれる人が一体何人いるのか?

半獣でない鳴賢でさえ、世間の半獣に対する特別な目をよく知っている。それが口惜しい

と思う。

しかし、気にしてしまう自分もいる。それはこいつを―楽俊を自分と違う人間だと

線引きしていないか。

その思いに行き着くと 鳴賢は いつも 自己嫌悪に陥る。

自分でさえ認めたくなかった己の弱さを解放しても、楽俊は嫌な顔一つせず

受け止めてくれた。

『そればかりか、優しく包み込み、お前の中で昇華しちまった。なあ、楽俊。俺はお前と

いると どうして心が 休まるんだろう。なんだろうな、恋人同士じゃねぇのにな。

春の陽だまりの様な、穏やかな気持ち。お前のそう言う所こそ、天帝からの賜り物じゃ

ねぇのか?』

鳴賢は、溢れ出そうになった涙を ゴシゴシ手で拭うと、精一杯の明るい声で言った。

「お前の言う、賜り物ってなんだよ」

すると楽俊は面白そうに答えた。

「んっ?おいらこう見えても 女には警戒された事ねえぇんだ。鼠姿だから 皆 なぜか

安心してついてくるんだろうよ。そのままで枕になって って ねだられる事もあるしな。

おいらは寝具じゃねぇってのに。さすがに最後までは躊躇するけどな、楽俊ならいいか

って大抵言ってもらえる。おいらは ふかふかして 衾褥みたいに あったかくて気持ち

良さそうなんだと。実際 あの時は、人間の形なのにな。でもさ、そう言ってくれると、

それも悪かねえぇなと思うよ。おいらをあったかそうと思ったり、甘えたいって想う

気持ちは、衾褥じゃなくて おいらにむけられたもんだろ。今じゃ そんな勘違いを

最大限に利用したりして」

ニヤリと笑う楽俊を見ると、鳴賢の心の迷いが一気に晴れる様であった。

「『あったかそう』が武器か。あははっ、そりゃいいや。俺は逆立ちしたって適わねぇ。

すげー武器だな」

『楽俊、お前、…いいヤツだよな』

鳴賢は心の底から笑った。




「さて鳴賢の聞きたいのは、あの時の女の扱い方なんだろ。それはさぁ、その時の雰囲気

にゆだねるのが一番いいんだけどな。流れに任せるって言うのかな」

楽俊は椅子に腰掛けると、大きく伸びをして、自身の髭をもてあそんだ。

「そんなんじゃ、分からねぇよ。俺、流れが見えねぇもん。その流れってヤツを具体的に

教えろよ」

「全く、鳴賢は、理屈から入る男だなとは思っていたけど、これ程とは」

そう楽俊は溜息をついたが、次の瞬間 何か思いついた様で、真剣な眼差しでこう言った。

「じゃぁ 鳴賢、今から脱げよ。おいらも ちょっくら 人間の形になってくるからさ」

「え!なんだよ、なんで 俺が脱がなきゃならないんだ。そしてお前が人間の形だって、

まさか、お前」

「こういうのはさ、身体で覚えるのが一番なんだ。手とり足とり教えてやるよ」

引きつった顔のまま 後ずさる鳴賢。

「教えてやるって、お前。く、口付けの方法は?」

「おいらが鳴賢に口付けるからさ、鳴賢はおいらの真似をすればいい。

どうせ舌の絡ませ方も分からねぇだろ」

「裸になって、何を、しやがる」

「おいらが鳴賢を女に見立てて、やって見るしか、あるまいなぁー」


………!………


鳴賢は腰を抜かすと、手足をバタバタさせて 必死に抵抗した。


『楽俊、いくらなんでも、それは、やりすぎだろ』


「勘弁してくれー!」

「冗談だよ」

卓子につっぷして、涙をにじませ笑う楽俊を見て、鳴賢は貞操が守られた

安堵感で、床にぺたりと座ったまま、動けなくなってしまった。暫くすると

「ほら立てよ。一つ二つは教えてやるから。でもな、これはあくまで一例だぞ。あーいう

ものは、その場にならなきゃ分からねぇんだからさ」

そう言って鳴賢の背中をバシバシ叩く楽俊を見て、鳴賢は情けない声を出した。

それは鳴賢にとって酷く素朴な疑問だった。

「…あの、さ。何で、口付けるのに、舌を絡ませる必要があるんだ?」




数日後、鳴賢は娘の部屋に来ていた。

「市井でね、おいしいお茶が手に入ったの。飲んでいかない?」

そう誘われたからである。

しかし今日の鳴賢は、茶の味等、分かる様子ではなかった。

『今日こそ 俺は 男になってやる』

そう 一人で誓いを立てると、まだ熱いお茶を一気に飲み込んだ。

当然、熱さでむせる。

慌てた娘が、手拭を持って服についた水分を取ろうと、鳴賢に近づく。

意識しすぎた鳴賢は、娘のその行動に思わず手を取ってしまう。

視線が絡む。

暫くすると 娘が そっと瞳を閉じた。

『ら、ら、楽俊!これは、口付けろって言う合図なんだよな。そうなんだよな』

鳴賢は渾身の力を込めて、娘の唇に 己の唇を押し付けた。

それからはもう、何がどうなったのか 鳴賢自身よく分からない。

とにかく必死で 娘の 頬に、首筋に、胸のふくらみに、口付けを落としていった。

次第に 娘の身体が 熱を帯び 桜色に染まっていくのを感じながら、

鳴賢自身も快感に登りつめていく感覚を覚えた。

そうこうする内、娘が恍惚とした表情から、苦痛に似た表情を見せ、震える声で

こう言った。

「……あっ…鳴賢…あた、し…もう……」

鳴賢は その言葉を 意識の彼方で聞き、いよいよ 自分が真の男になる瞬間(鳴賢はそう

思い込んでいる)を迎えるのだなと、ごくりと つばを飲み込んだ。




「あらぁ!?」

鳴賢は訳が分からずにいた。

確かに 娘自身の中心は分かっている筈なのに、鳴賢の中心が入っていかない。

何度試しても、身体が一向に言う事を聞かない。

どうやら 鳴賢は、娘に対する思いが強すぎて 空回りし、自分の身体を上手く操る事が

出来なくなってしまった様である。

次第に 二人の間に いささか しらけた空気が漂いだす。

『あぁ、俺、もう、このまま、消えてしまいたい……』

情けないやら、恥ずかしいやらで、鳴賢はぐっと目を閉じ、身体をこわばらせる。

すると、ふいに 鳴賢は 暖かく包み込まれる 感覚におそわれた。

香るのは、なんとも甘酸っぱい 女性特有の香り。

びっくりして目を見開くと、娘が今日一番の美しい顔で、鳴賢をふわりと抱きしめていた。

「私、今日は鳴賢と こうしていたい。ずっと、抱きしめていてくれるかしら?」

その顔があまりに美しかったものだから、鳴賢は見惚れてしまい、次には強く娘の背中

に手を回た。

「俺も、今日はお前と こうしていたい。俺、お前の胸の中にいると 安心する」

そうして二人は、その後も 朝まで お互いの身体を抱いたまま 眠ったのである。

かくして、鳴賢人生最大の悩みは 一応終了した。

鳴賢にとっては、けして 理想通りではなく、多少不満の残る結果だったが、翌朝鳴賢が

目を覚ますと娘が華の様な満面の笑みを浮かべ

「私、昨日は、とっても、幸せだった。それに、そのぉ、気持ち…良かった、から…」

そう言って、もじもじと 下を向いてしまう。顔は耳まで赤い。

それを見た鳴賢は、娘がどうにもかわいくって、思わず知らず 抱き寄せると、

何の迷いもなく深く 優しい口付けをするのだった。