雨に
雨が…
あなたの肩を濡らし…
ゆらり、ゆらりと、立ち昇るあなたの熱に、軽い眩暈を覚えた。
血気逸った構成員が勢い余って起こした事。
「さて、あなたは如何為さる」
私は事の成り行きを傍観する事にした。
かの方が連れてきた、まだ何にも染まっていない少女。
その細い肩には荷が重かろうと、
新緑の晴着を身に纏ったあなたを見て、溜息をついた。
だが、あなたは違っていた。
一家の
切迫した状況にも関わらず、私はあなたから目が離せない。
なんて艶やかな、凛々しいお顔を為さるのだ。
―ぞくり…―
これは私の欲望がうごめく音なのか。
必要ないと、遠い昔に置いて来た感覚が甦る。
あなたに触れたい。
あなたを近くに感じたい。
閉じ込めて、その肌を、瞳を、唇を欲したい。
気付けば、私の髪が雨を含み、
頬をつたう雨水に、私は幻から覚めた。
全てが終わり、景色は静寂な灰色である。
私は手にしていた番傘を、あの方に差し出そうとした。
―はらり…―
目の前であんなに冴え冴えと美しかった新緑が、真っ黒な視界に変わる。
「――風邪を召されます。どうぞ、お車に…」
あなたの傍には、金糸の髪を持つ青年が自身の漆黒のコートを上からかけていた。
そしてあなたの肩を抱き、守るようにして車へと誘導する。
その様子を目の当たりにして、私は思わず苦笑した。
「何を、私は、出すぎた事を…」
あなたには彼がいる。
彼はその為にかの方が大事に育てられた。
あなたを守る為に、彼は存在している。
あなたを乗せた車が、霧の中に溶け込み、目の前は灰色の情景が残った。
雨に打たれたアスファルトの、独特の匂いが鼻をつく。
「若頭、若頭もどうぞお車へ…」
部下がおずおず声を掛けてきた。
私はそれを絵空事の様に聞きながら、それでも口を開く。
「…少し、風にあたらせてくれないか。私の事は構わずに、先に戻ってくれ」
私は番傘を開くと、湿って纏わりつく着物の裾をさばきつつ、ゆっくりと歩き出した。
雨がまだ続いている。
一瞬でも芽生えたこの想いが、
いっそ洗われてはくれないかと、
私は、自嘲気味に天を仰ぐ。
雨は…まだ止まぬ。
了